神道国際学会会報:神道フォーラム掲載
思い出あれこれ(3) 櫻井勝之進氏


三者懇談

   いよいよ平成25年度第62回神宮式年遷宮へ向かっての前儀が始まった。5月には先ず山口祭と木本祭が神域で行われ、6月3日には木曽山で御杣始祭があり、10日11日と神都伊勢はこの祭で伐り出された御樋代木の奉曳で賑わった。この神聖な器を奉製する御用材はご神木とも御斎木ともよばれ、民間の人には一切関与させずに造神宮司庁という官庁のみが関わったので官曳きと言われていたのであるが、戦後この官庁が廃されたので神領民が奉曳を許されることとなったものである。木曽山と裏木曽との2ヶ所で奉伐されたご神木は、それぞれの途次に当る要所要所では神社境内にて一夜をすごすのであるが、その奉送迎に当っては、20年一度のこととて何処でも大賑わいである。ところが神都では官曳きの記憶が残っているので一般市民はほとんど関心を示すことがなかったのが戦後の実状であった。
 そこで、こんな状況では申し訳ないではないかと、当時商工会議所会頭であった村田仙右衛門氏が神宮司庁の庶務を担当していた筆者に相談を持ちかけられた。幾度かの会談の末に、村田氏が既に会長に就任している伊勢神宮奉仕会を基礎にして新たにお木曳き奉仕団総連合会を結成、総委員長に村田会頭、副に伊勢市長を据えて会議所の坂本専務以下で事務を進めて貰うこととなった。村田、坂本、櫻井の三者懇談が頻繁に重ねられた当時の想い出はなつかしい。ご神木を神都の入口である度会橋西詰で奉迎する手順とか、市内での対応等々の諸計画の大要はこの三者懇談できまったものであった。
 それ以後も、例えば宇治橋渡始式に参加する全国からの三夫婦の案内をJCの諸君にゆだねるとか、さてはお木曳きに初めて参加をゆるされた所謂一日神領民の皆さんの宿を手分けして慰問するなど、様々の新しい企画が生み出され、雲の上のご遷宮を全国民の身近なものとすることにひと役かわせて貰ったのであった。(平成17年6月18日)



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