神道国際学会会報:神道フォーラム掲載

伝統をささえる

こころを人形のかたちにする  
雛匠の東玉(さいたま市岩槻区)


愛児のしあわせ願う「ひな飾り」
総鎮守の御守りを付けて
人形の町=@岩槻のお人形

  五節供は季節の節目に、四季の移りゆきと折々の風趣を織り込んで営まれてきた。とりわけ、ひな祭り(桃の節供)は女の子の幸を祈る行事だけに彩りとやさしさにつつまれている。あちこちでひな飾りが飾られ始めると、「名のみの春」から「陽春」への予感に、身も心もホッとする。
 雅なひな祭りではあるが、ひな人形にも歴史がある。人形の町≠ニして知られる埼玉県の岩槻を訪ねた。
 城下町として、日光御成街道の宿場町として栄えた岩槻。当地の総鎮守は久伊豆神社(馬場大麿宮司)だ。出雲族の土師氏が大国主命を勧請したのが始めという古社で、境内を緑豊かな社叢が覆っている。
 岩槻の人形について馬場宮司に尋ねると、人形店でつくる協会が毎年、当神社の御守を多数たずさえて参拝するという。祈祷を受けて、御守に御霊を込める。「ひな人形や五月人形を購入したお客さんに、一緒に御守をお渡しするようです。そこはやっぱり、お子さんの健やかな成長を願って飾る人形ですからね」
 「人形作りの現場を見るなら」と、馬場宮司から雛匠の一つ、東玉(戸塚隆社長)を紹介してもらい、総本店を訪ねた。創業・嘉永5年(1852)。無形文化財に認定される名匠らを置く老舗だ。

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 広報担当課長の木津俊行さんの案内で見学工房に入る。ひな人形は大きく「衣装着」と「木目込(きめこみ)」に分かれるという。ここでは木目込人形を制作している。
桐の木粉を粘土状にし、型に入れて胴を作り、筋彫りをする。その溝の部分に衣装の布地を文字通り、木目込んでいく。工程ごとの連携作業だが、この日は二人の女性職人さんが制作に余念がなかった。
   「お顔は人形の命。傷つけないよう細心の注意を払います。髪も綺麗に結えてこそ初めて満足なものになりますね」と結髪担当の職人さん。一方、衣装具合を確認する仕上げの職人さんは「色と柄の具合、全体のイメージ……。バランスよくパッと決まるときと、あれこれ悩むときがあって苦労します」。そして、購入者へのお願いとして二人は「お子さまの幸せを願うお人形。末永く大切に飾っていただけたら」と口を揃えた。

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   岩槻が有数の人形生産地になったのは、材料として最適な桐と、人形に塗る胡粉を溶かす良質な水に恵まれていたからだといわれる。
人形の町≠轤オく、ひな祭りの頃、「まちかど雛めぐり」(今年は3月29日まで)が開かれ、商店街の各店舗に伝わる人形が一斉に飾られる。また、毎年4月29日には城址公園で「流しびな」が行なわれる。紙折のおひなさまを藁で編んだ皿状の舟にのせて池に流す。


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桃の節句の原形「上巳」では禊祓が――
 人形美術館元館長・神職の西沢さん

   この「流しびな」という行事は、ひな祭りの原形を考えるときに示唆的だ。平安時代には宮中の幼女のあいだで「ひいなの遊び」というものが行なわれていた。しかし「流す」のは、お祓いし清める行為であることは確かだし、人形はヒトガタでもある。ここは平安以前にさかのぼる必要がある。
   神道的な行為とのつながりを想像しながら、県内を西に向かい、日高市在住の神職で笛畝人形記念美術館の元館長である西沢形一さんを訪ねた。西沢さんは毎年この季節、ひな人形とひな祭りに関する講演を行なっている。

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   西沢さんによると、はるか太古の時代、すでに桃の節供の原形である「上巳(じょうし)」(3月初めの巳の日)の祭りが中国から伝わっていたという。この日、河原で禊ぎをし、川に木片を流すことで祓いをした。
   時代が下ると、風流な遊びへと変化したものが現れ、「万葉集」巻19には「曲水の宴」を詠んだ歌も出てくる。「『曲水』ではヒトガタも見られなくなります。さらに平安時代になると宮中では『ひいな遊び』をし、女官たちが手作りのひなに夢と希望を託してお祭りをしました。『源氏物語』にもこの遊びのことが出てきます」
   現代のひな人形には祓の要素はほとんど見られないが、「上巳」の禊祓という神道的な性格を残す行事も細々と残っていった。
   「現在でも鳥取市用瀬町の『流しびな』では、神職がお祓いをし、ひな人形に災厄や罪穢れを託したうえで、子供たちの手で川に流しているのです」と西沢さんは、微妙な変化の間合いに古層をとどめて継がれている例を教えてくれた。
   歴史の流れとともに変遷のある桃の節供。だが、風流にせよ、神祇への祈りにせよ、子の幸せを願う親心は昔も今も変らない。
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