神道国際学会会報:神道フォーラム掲載

宗際・学際・人際

「古事記」の成立と「序」の謎を解明する
文体や内容や歴史状況の検証から


三 浦 佑 之 氏


千葉大学教授・文学部長

「口語訳」がベストセラー
語られる物語の楽しさを一般に
   地味な古典の世界ながらベストセラーとなった『口語訳 古事記』。文庫化で『――〔神代篇〕』『――〔人代篇〕』に分冊され、その後、『古事記講義』『古事記を旅する』が加わって古事記三部作≠ェ出揃った。さらに、史書の謎を解く『古事記のひみつ』が続く。古代文学・伝承文学の専門家はいまや一般には古事記の三浦≠ニして名が通っている。
   『口語訳――』については「恋あり戦いあり。悲劇的だったり、クスッと笑わせたり。『古事記』には楽しさ、面白さ、構成の巧みさなど、語り部の語る物語としての条件が揃っています。こんなにも興味深い古典を知らずにいるのはもったいない。色は付けずに、純粋に楽しんでもらいたい」
   だが一般向けとは別のところで、「古事記」という史書の成立に関する新たな説も表明し、問題提起を続けてきた。
   学界で議論を呼んだのは、「古事記」の「序」(太朝臣安万侶によるいわば上表文)に疑念をはさんだ論説だ。「『序』は後から書き加えたもの。それは『古事記』が成立したといわれる8世紀初頭より100年後、9世紀の初めとみるのが妥当である」
「序」の内容は様々な矛盾を抱え込んでいるという。そもそも、「日本書紀」天武10年紀によると、史書編纂を命じた同時期に律令選定の詔も出ているわけで、国家定立のため車の両輪≠フごとく史書と法律の整備に取りかかっていたときに、「書紀」とは別の史書編纂を志向するのは、これまでの学者による様々な説明を念頭においてもやはり疑問だ、というのだ。
   論の柱を拾うと――。「古事記」の本質的な性格や文体は、国家的な歴史書とは別の「語り」である。内容や仮名遣いからみて、すでに七世紀に書かれたものである。しかし「序」は太(オオノ)安万侶と同族の多(オオノ)朝臣人長(「古事記」序を引用した序を持つ「弘仁私記」の作者)の周辺が新たに加筆したものである。「序」が必要になった訳は、「古事記」の権威づけが必要になったから――等々だ。
「九世紀以降、祭祀に関わってきた氏族らによる文書や歴史書が次々と出現する。このとき、太(多)氏らの伝えてきた『古事記』の掘り起こしもなされたと捉えるのが自然なのです」
   筑紫、越(こし)、そして「書紀」には出てこない出雲の神話……。「古事記」の背後に仄見える古代日本における権力対立の構造にも着目する。「神話や歴史物語は、まったく根も葉もないことではない。時代・社会背景、人々の生活が何らかのかたちで反映している。それを想像し、組み立て、古代のメッセージとして読み取っていく。その辺りが僕たちの仕事でしょうね」
   「古事記」に「語り」の論理を合わせる立場から、国家権力の外側を巡り歩き、神話や歴史を語り歩いた人々の民俗にも焦点を当てたいという。

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