神道国際学会会報:神道フォーラム掲載
連載: 神道DNA 『国民のいのちを守らない国家』
三宅 善信 師


  10月10日、アメリカ発の金融恐慌で世界経済が大混乱する中、そのアメリカから、もうひとつ衝撃的なニュースが飛び込んできた。それは、神戸で神道国際学会の公開セミナー『映像で見るお地蔵さんと地域社会』が開催された2月24日に、サイパンで不当逮捕され、その後、7カ月間にもわたって同地で拘束された後、ついには米国本土へ移送された三浦和義氏が、ロス市警の留置所内で「謎の死(一応、「自殺」と発表されているが…)」を遂げたというとんでもない事件である。
 私は、サイパン(註、一応、「北マリアナ連邦」という国家を称しているが、実態はアメリカの「準州」扱い)で、三浦氏が不当に拘束された一報に接したその時から、この蛮行を批判し続けてきた。日本のメディアなどは一斉に「あの『ロス疑惑』の三浦容疑者がサイパンで逮捕!」と報じたが、正確には、もちろん、「アメリカの司法当局がサイパンで三浦和義氏を不当に身柄拘束!」と報じるべきであろう。27年前の「ロス疑惑」事件に関しては、事件が起きたのはロサンゼルスであったが、日米両国の司法当局が合意の上で日本国内で裁判が行われ、2003年に、三浦氏は最高裁で「無罪」判決を勝ち取ったのである。「被告人の99.9パーセントが有罪になる」といわれる日本の刑事裁判で、「無罪判決」を獲得したということは、100パーセント「白」と言っても過言ではない。
 しかし、私が問題にしているのは、実際にロスで三浦氏がその妻を殺めたかどうかというような次元の話ではない。苟も一国の最高裁判決で「無罪」が確定した元被告――無罪になったのだから「元被告」という表現すら許されがたい――が、第三国において、同じ罪状で再び裁かれるのは、近代法における「一事不再理」の大原則に反するどころか、日本国の最高裁判決というものを軽んじる所業であって、日本国政府は、同氏が2月にサイパンで逮捕された瞬間から即刻、猛烈な抗議と釈放要求を北マリアナ連邦政府ならびにアメリカ合衆国政府にしなければならないのである。
 ところが、実際には、日本国政府は、両国政府に対して抗議などまったくするそぶりもなく、三浦氏は、異国の地において孤軍奮闘、圧倒的な国家権力に対して自力で抗弁するより他はなかった。カリフォルニア州政府からの要求にも拘わらず、同氏の身柄が7カ月間もサイパンに留め置かれたのは、米国当局のロスへの身柄移送要求が、ほんの少しでも法的に疑義があるとサイパン当局が思っていたからに他ならない。にもかかわらず、日本政府は、自国民である同氏をまったく見捨てたのである。私の推察の域を出ないが、三浦氏が移送先のロス市警の留置所内で、発作的に自殺=hに走ったのは、その直前に同氏と面会していた在ロス日本総領事館の職員からかけられた心ない言葉が原因であると考えられる。
 おそらく、三浦氏は総領事館員に「日本人である自分の保護」を要請したはずである。しかし、総領事館員は「ここはアメリカであるから、アメリカの司法手続きによって貴方は裁かれるであろう」とでも答えたのであろう。「アメリカと一戦構えてでも貴方を取り返す」とは決して言っていないはずである。実際にそのことが可能かどうかは別として、日本国民が海外で受難した際には、日本国政府は全力挙げて、その人を救出すべきである。ましてや、今回の場合は、日本の三権のひとつである最高裁で無罪判決を受けた人物が、その同じ罪で第三国で裁かれようとしているのである。アメリカが逆の立場なら、海兵隊の特殊部隊を派遣してでも、外国で捕まったアメリカ市民を救出に向かうであろう。
 しかし、残念ながら、日本国政府はこういったことに対して、あまりにも無頓着である。大勢の日本人が、北朝鮮に長年拉致されていることが明白であるにも拘わらず、北朝鮮に対して「一戦構えてでも拉致被害者を取り返す」という態度を取っていない。太平洋戦争の敗戦時にも、シベリアや満州や朝鮮半島で、軍人だけでなく何百万人という民間人が取り残されたにも拘わらず、日本政府は積極的に彼らを助けようとはしなかった。皆、各人の裁量で、塗炭の苦しみを味わいながらも帰還してきたのである。「戦争に負けた」ことによっても「自国民のいのちを保護する」という政府の役目は些かも減じるものではないことは明らかであるにもかかわらず…。


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