神道国際学会会報:神道フォーラム掲載

伝統をささえる

社寺彫刻・木彫刻の「江 森 社 寺 彫 刻」(千葉県成田市)

江 森 雅 夫 さ ん


自分を律し私情を入れずに忠実に

    房総ののどかな里山に槌(つち)をたたく心地よい音がこだまする。
    社寺の伽藍や山車、諸尊像を彫り続けて40余年。田園と民家に囲まれた彫刻師・江森さんの工房からだ。

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    堂宇や社殿の柱に取り付く獅子や龍、屋根の下の懸魚、蟇股(かえるまた)、さらには扁額飾りや脇障子、山車の腰周り装飾…。「どれをとっても、氏子さんや檀家さん、社寺の人たちの心意気が込められ、やがて多くの人が拝観するわけですから、使命感といえば使命感。妥協で作るわけにはいきませんよね」
    玄翁(げんのう)と大きな鑿(のみ)を手に、江森さんは真剣な眼差しでそう言いながら、巨大な蟇股の粗彫りに取り掛かっていた。
    下絵を写し取り、粗彫りをしながら輪郭を彫り出し、細部を刻み仕上げていく。工程によってはまさに体力勝負である。
    依頼は多様で、図案や意匠に自らの創意を前面に押し出せるとはかぎらない。絵師や宮大工との念入りな打ち合わせが必要なときもある。
    「だからよく言うんです。僕は彫刻師≠ナあって、彫刻家≠カゃないって」

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 古い建物や彫刻の修復を手がけることもある。その場合、彫った人の工法で復元するのが江森さんの流儀だ。
    「修理するものをばらしていくと、『ああ、こういうやり方で彫って、組み立てたんだな』と分かる。そこには昔の人の心が凝縮している。その心と技を継承するのが大事だと思うんです」
    そばで押し花作家の奥さん、恵美子さんも「だから主人は、彫られた年代やその頃の風習を文献で調べたり、学者さんに聞いたり……。徹底して、時間をかけて調べる作業が好きみたいですね」

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 自分の作品でありながら、自分個人のものではない。ひとたび手を離れれば万人の信仰の対象となる。
    福島県のとある寺院の弁才天立像を彫った。「お寺での開眼供養のあと拝したら、全然違う表情をしている。あれには感動したね」と恵美子さんともども口を揃える。
そして「自分を律し、私情を入れず、忠実にやってこそ価値が出るということもあるんですよ」。仕事中とは別の柔らかな表情と口調だが、職人としての決然たる信念がうかがえた。

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