神道国際学会会報:神道フォーラム掲載
連載: 神道DNA 『チャイナ・シンドローム』
三宅 善信 師


 読者の皆さんは『チャイナ・シンドローム』という言葉を聞いたことがあるであろう。元々は、1979年3月16日にアメリカで公開されたジェーン・フォンダとジャック・レモン主演の映画の題名で、原子力発電所が深刻な事故で制御不能状態に陥り、ついには炉心溶融(メルトダウン)が起こって、高温の核物質が大地を溶かし続けて、ついには地球の反対側の中国にまで達してしまう。というセンセーショナルな内容のサスペンス映画であったが、その映画公開のわずか12日後に、ペンシルベニア州のスリーマイル島の原発で、深刻な原発事故が本当に起こったので、世界の人々の目をこの問題に向けさせる先導役を果たすことになった映画である。それまでは、医学用語として医療専門家の間でしか使われなかった「シンドローム(症候群)」という言葉が流行し、社会現象を称して「○○シンドローム」と盛んに命名されるようになった。
 もちろん、この映画の「チャイナ(中国)」というのは、比喩的な表現で、地球儀をご覧になったら判るように、アメリカ合衆国の地理的な真反対側は中国ではない。真反対側はインド洋の中央辺りである。しかし、この映画の作者(ひいては、この映画の本来の観客であるアメリカ人たち)は、気分的には「中国をアメリカの正反対」というように認識していたから、こういう題名を付けたのであろう。では、中国の何を「アメリカの正反対」と認識していたかというと、民族や歴史や文字や社会制度といったあらゆる面において、総合的に判断して「中国をアメリカの正反対の国」と認識していたということであろう。
   何も、政治・軍事的に対立している「共産主義対資本主義」という意味のステレオタイプ化された「対極」なら、当時はまだソ連という強大な敵が存在していたのだから、『ロシア・シンドローム』でも良かったはずである。しかし、実際には『チャイナ・シンドローム』と命名されたし、それで、正解であった。ソ連は、その10年後の1989年の「ベルリンの壁崩壊」に引き続いて、雪崩を打つように自己崩壊し、もはや「アメリカの敵」ではなくなった。同じ年に「天安門事件」が起きたが、中国はその後もその本質をまったく変えていない。その意味で、『チャイナ・シンドローム』は正解だった。
 21世紀に入って、中国は、地下資源や食料など、世界中のあらゆるものを呑み込みながら、地球温暖化ガスや大気汚染物質を地球規模でまき散らし、中国自体が制御不能となった原子炉のごとき状態になりつつあることは誰の目にも明らかである。このメルトダウンした汚染物質が地球の反対側(中国人にとっても、おそらく「地球の反対側はアメリカ」という意識であろう)に達する日は、そう遠くないであろう。
 北京オリンピックの聖火リレーに対する世界中の抗議行動は何を意味すると、中国の人々は思っているのであろうか? 単に、「自分たちの成功を妬む輩の妄動」とでも思っているのであろうか? 私には、この問題に対する中国指導部の言葉は、「毒餃子」事件の際の中国当局の白々しい自己正当化以上に虚しく感じられる。こんな国家に、世界の平和を守る役割を担う国連安保理の常任理事国を任せるわけにはいかない。チベットという一小国の、しかもその亡命政府の宗教指導者にすぎないダライ・ラマ14世の自己抑制の効いた真摯な言葉のほうが、はるかに世界中の人々の心を打っているという事実に目を背けるべきではない。もし、中国政府が北京オリンピックを成功させたいと思うのであれば、1979年末の「アフガン侵攻」でソ連が失ったもの(モスクワオリンピックのボイコットだけでなく、間接的にソ連邦の崩壊に繋がった)の大きさを噛みしめるべきである。


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