神道国際学会会報:神道フォーラム掲載
連載: 神道DNA 「国常立景気?」
三宅 善信 師

  昨年11月で、日本の好況は58カ月連続となり、これまでの「戦後最長」であった「いざなぎ景気」を超えたそうだ。この『神道フォーラム』の読者層でさえ、40歳以下の人なら「このいざなぎ景気≠チていう妙なネーミングはなんだ?」と思われるだろう。もちろん、60歳以上の人なら、戦後の日本の景気循環を称して、この他にも「神武景気」や「岩戸景気」といった日本神話に因んだネーミングの好況期間があったことは常識の範囲内であるが…。
 敗戦によって灰燼に帰した日本経済であったが、1950〜53年の朝鮮戦争の「特需」によって、急激に回復した。人々はこれを称して「日本の歴史始まって以来」という意味で「神武景気」(1954年11月から31カ月間)と名付けた。神武景気まっさかりの1956年には「もはや戦後ではない」という言葉(現在ならば、さしずめ『新語流行語大賞』ものである)が盛んに吹聴され、『三種の神器』とよばれた冷蔵庫・洗濯機・白黒テレビが国民の間に爆発的に普及した。この熱狂ぶりを、2006年の新語流行語大賞の「イナバウアー」や「品格」あるいは、『ヒット商品番付』横綱の「ニンテンドーDS」や大関「ミクシィ」と比較しても、圧倒的な存在感である。まさに「神武以来」と言えよう。
 ところが、この「空前絶後」とも思えた好景気の記録は、直ぐに更新されることになった。それが、わずか一年間の「鍋底不況」(調整期間)の後に到来した1958年6月から42カ月続いた「岩戸景気」がそれである。神武景気を上まわってしまったので、神武天皇より遡って、「天照大神が天の岩戸に隠れて以来の景気」という意味で命名された。1958年に一万円札が発行されたことからも判るように、サラリーマン世帯の急激な所得拡大は国民に「総中流意識」をもたらした。スーパーマーケットの出現は、これまでの「生産者→卸→仲買→小売→消費者」という流通機構に劇的変化を及ぼした。他にも、長嶋茂雄の巨人入団、チキンラーメンの発売、東京タワーの竣工、ミッチー(皇室)ブーム等々、その後の日本社会を方向付けるできごとがてんこ盛りの年であった。筆者が生まれたのもこの年である。その意味で、まさに高度経済成長の象徴的な時代であった。因みに、1959年度のGDPの対前年度比は17.5%という驚異的な数字であった。
 しかし、日本の経済成長はこれだけで留まらなかった。東京オリンピックと大阪万博(正確には日本万国博覧会)の間の1965年10月から57カ月間、景気拡大が続いた「いざなぎ景気」である。言うまでもなく、「岩戸景気」よりも長い好況という意味で、より遡った「伊弉諾尊」に因んで命名されたのである。この頃までは、戦前の教育を受けた人々が社会の中心であったから、このような日本神話に因んだ名称が国民一般にもリアリティをもって受け入れられたのであろう。因みに、この時期のヒット商品と言えば、「3C」と呼ばれた自家用車(カー)・エアコン(クーラー)・カラーテレビである。各家庭が「お隣さんに負けじ」と、競ってこのような耐久消費財を購入し、そのことがまた景気の拡大を後押しするという好循環であった。このような「行き過ぎた」景気過熱を抑制するために、公定歩合が6%台という今では考えられないような高金利政策も採られた。
 さて、2002年1月に始まる今回の景気拡大であるが、報道されているように「いざなぎ景気を抜いた」どころか、とてもとても上記三つの昭和の好況に勝っているようには実感できない。まず、数字のトリックがある。例えば、工業製品の出荷額が実質3%減少したとしても、デフレによって物価が5%下がれば、名目上の売上高は2%上昇したことになる。このように統計処理されて「創り出された」好況である面は否めない。さらに、かつてのような「国民総中流化」といった景気拡大ではなく、勝ち組≠ニ呼ばれるごく一部の人たちだけが巨万の富を得るという「貧富の格差」が増大したので、広く国民一般が景気拡大を実感できなかったのであろう。
 現在、40歳以下の世代が体験的に知っている好景気と言えば、1986年12月から51カ月続いた「バブル景気」であろう。あの時は確かに、広く国民各層に潤沢な金が出回った。しかも、「ソ連東欧圏の崩壊」という「資本主義(拝金主義)の勝利」が目に見えた。しかし、それがもたらせたものは、国内では「失われた10年(平成不況)」と呼ばれた社会規範の崩壊と、世界ではテロと暴力の応酬だけであった。
 だから、私はここで提言したい。今回の景気拡大を昭和の良き時代を回顧して「国常立景気」と呼ぶことにしよう。もちろん、豊かで平和な社会回復への願いを込めての命名であるが、実際には、この間の超低金利政策で、本来なら預金者(国民)が受け取るべき金利350兆円を、銀行を通して政府が吸い取り、相変わらずの官僚の無駄遣いに吸収されてしまった「国常立」であったという皮肉も込めて…。

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