第16回国際シンポジウム「災害と伝統芸能」

16sympo国際シンポジウム「災害と郷土芸能」が2月25、26日の二日間、岩手県大船渡市盛町の大船渡リアスホールで開催された。神道国際学会、および地元のケセン地方(住田町・陸前高田市・大船渡市)の市民大学「ケセンきらめき大学」が共催した。東日本大震災の津波で犠牲となった方々の鎮魂をあらためて祈念するとともに、地域復興を目指すにあたっての基本理念や、伝統芸能を含めた地域民の結束の重要性などを話し合い、提言を行なった。

神道国際学会は東日本大震災から間もなく一年となる2月25、26両日、国際シンポジウム「災害と郷土芸能」を岩手県大船渡市のリアスホールで開催した。ケセン地方(大船渡市・陸前高田市・住田町)の市民団体「ケセンきらめき大学」との共催事業で、大船渡市が後援した。
同震災の津波で大きな被害を受けたケセン地方。当シンポでは、同地域に継承される伝統芸能の奉演により犠牲者の鎮魂を改めて願い、併せて地域復興における基本理念、芸能を含めた地域民の結束の大切さを語り合った。

第一部・初日
「ケセン鎮魂のための地域伝統芸能大会」

   鎮魂にむけケセンの郷土芸能を奉演
初日(第一部・25日)は、ケセンきらめき大学が主体となった「ケセン鎮魂のための地域伝統芸能大会」。雪の舞うあいにくの天候だったが、地元の人々を含め多数が来場した。
開会にあたり、特別来賓の明石康氏(元国連事務次長)、来賓の戸田公明氏(大船渡市長)、主催者側の鈴木迪雄氏(ケセンきらめき大学アドバイザー)がそれぞれ挨拶した。
うち明石氏は、震災後に示した日本人の抑制的な態度について、「一人一人の立派な態度、絆、連帯感は世界に多くの感動をもたらした」と述べ、海外メディアが「静かなる威厳」との表現で日本を賞賛したと紹介した。その上で、今シンポは「なぐさめ、鎮めと同時に、山河のありがたさ、人間と自然の関係性などを考える絶好の機会となる」と期待感を表明し、さらに「再建に向け、地元市民は粉骨砕身、着々と前進している」と被災地の人々に敬意を送った。
戸田氏は地元を代表して、全国からの参加者に歓迎の意を表すとともに、当地の伝統芸能に関しては、踊り手や指導者、装束や練習場所を津波で失ったものの、「絆によって芸能を伝承していくことは不可欠。多くの協力を得て郷土芸能は今も継続している」と報告した。そして、「シンポジウムを通じて、私たちの取り組みを世界に発信していただくことは復旧・復興に弾みがつく。私たちも夢と希望のある新しい町づくりに向け、一致団結して歩み始める」と、新たな決意を示した。
鈴木氏は、「多くの命と人々の生活を震災が襲い、大きな悲しみがもたらされたが、地元では一歩一歩、前へ歩んでいると聞いている。その中で、地元の人たちが誇りとしている芸能が犠牲者の鎮魂となればと考えている」と語り、今シンポの意図と意義を強調した。
芸能奉演を前に、小島美子氏(国立歴史民俗博物館名誉教授)が演目の解説を行なった。同氏は、民俗芸能の盛んな当地域における「剣舞」や「鹿踊り」などに込められた、非業の死や犠牲への慰めという主旨を踏まえて、「現代では、芸能の本質が失われつつあるが、本日は、その本質にふさわしく演じられる。また『百姓踊り』のように、庶民の工夫で新しい芸能ができていくのも一つの大きな力だ」と感慨を込めて話した。
郷土芸能を奉演したのは七団体。勇壮に、あるいは野趣豊かに披露される一つ一つの舞いや所作に客席からは盛んな拍手が送られた。町の復興に着手したところということもあり、来場者からは「郷土の素晴らしさを感じた。思わず涙が出そうになった」との声も聞かれた。
奉演された演目と奉納団体は次の通り。
「生出神楽~橋弁慶~」生出神楽連(陸前高田市)▽「門中組虎舞」門中組振興会(大船渡市)▽「赤澤鎧剣舞~太刀踊り~」赤澤芸能保存会(同)▽「行山流外舘鹿踊り」外舘鹿踊保存会(住田町)▽「浦浜念仏剣舞~念仏踊り~」浦浜念仏剣舞保存会(大船渡市)▽「金成百姓踊り」金成百姓踊り保存会(陸前高田市)▽「小通鹿踊り」小通芸能保存会(大船渡市)

第二部・二日目 国際シンポジウム「災害と郷土芸能」
鎮魂・供養と民俗芸能、そしてコミュニティの結束――
講演とパネルディスカッションを展開

   二日目(第二部・26日)は神道国際学会によるシンポジウム「災害と郷土芸能」が開かれ、三宅善信氏(神道国際学会常任理事)を総合司会に、講演とパネルディスカッションが行なわれた。
冒頭、初日に引き続き挨拶した明石氏は、前日の芸能奉演について、「当地域は再生を目指して、しっかりと足並みを揃えていると感じた」と感想を披瀝。そのうえで、シンポジウムについては、「二十一世紀、ますますグローバル化する中で、自己アイデンティティを自覚し主張することは大事。しかし他者への理解、尊重も進行させねばならない。我々の行動として課題を乗り越えるきっかけとなれば」と期待を込めた。
主催者として挨拶した薗田稔氏(神道国際学会会長)は、「ここ三陸地方の津波による多くの命の犠牲を無駄にしてはならない。地域社会の再生を真剣に考えることが鎮魂になる」と強調。さらには、地域復興への枠組みに関して、「昨日の民俗芸能にも感じたが、我々は生きた人だけでなく、先祖、目に見えないもの、そして自然も参与してコミュニティを作ってきた」と述べて、今シンポがコミュニティ再生への一助となるよう来場者の参画を呼びかけた。
同じく主催の田村満氏(ケセンきらめき大学学長)も挨拶し、郷土芸能の伝承について、「震災後、大変なハードルがあるが、乗り越え、伝えていかねばならない。その思いに真剣さ、本気さがあれば足腰は強くなる。そうすれば今後も伝えていける」と力説した。
続いて講演があり、平山徹氏(大船渡市郷土芸能協会副会長)が「わが故郷の郷土芸能・復興への絆」、ロナルド・モース氏(元カリフォルニア大学教授)が「地球的視野における自然災害」、赤坂憲男氏(学習院大学教授)が「災害と宗教・文化」と題してそれぞれ話した。
平山氏はまず、岩手県内に伝わる芸能の種類や数について解説し、うちケセン地域は「郷土芸能の宝庫だ」と述べて、特に大船渡市の芸能に関して、部門ごとの特徴を紹介した。同氏は、県内でも近世、伊達藩と南部藩のいずれに属したかで特色があるとし、ケセンの鹿踊りが行山流として伊達藩の流れを色濃く残しているとした。さらに、当地芸能の震災による被災状況については、津波で装束から備品まですべて流された芸能保持団体が続出したとし、「涙も言葉も失った。『伝統を継承するのも中断か』と不安がよぎった。しかし全国から復興への支援、援助をいただき、感謝の念とともに復活に尽くしている」と伝承への決意を語った。
モース氏は、世界の災害と同様、東日本大震災においても、災害に対する備えが役に立たなかったこと、災害に対する政治的・経済的な対応が低かったこと、災害とコミュニティの関係に対する社会の理解が希薄だったこと──など、今後への課題が浮き彫りになったとし、「人間には順応していくための能力がある。生活を復興するために意欲しなければならない」とまとめた。
赤坂氏は冒頭、津波の被災地を歩いた体験から、「そこには宗教、あるいは宗教まがいのものが、あちこちに露出していた」と切り出し、新興宅地や水田開拓地から背後へと奥まった丘にある、古い由緒を持つ神社が津波から生き残ったとして、「被災地を歩く旅が、気がついてみると、残った神社をお参りする巡礼のような旅になっていた」と語った。そして、訪問地のいくつかを事例として挙げながら、その精神的な光景を紹介した。とくに、供養と鎮魂の情景を取り上げ、あらゆるものにこもる命をあの世に送り返す心持ちの露出した東北の精神を強調。その目撃の経験によって、民俗学者として「民俗学が試されたり、変更を余儀なくされたりした」と吐露し、最後に、生けるものと死者、人間と自然との付き合いや関係へ思索することの重要性を指摘した。
三氏の講演後、茂木栄氏(國學院大学教授)を司会にパネルディスカッションがあり、講演の三氏に薗田、小島の両氏、ムケンゲシャイ・マタタ氏(オリエンス宗教研究所所長)が加わり、鎮魂・供養と祭り・民俗芸能の深いつながり、そこから発展するコミュニティとの関係について議論が続いた。
閉会にあたり挨拶したマイケル・パイ氏(神道国際学会理事)は、自然災害において人災の側面も考慮すべきだと付け加え、総合司会の三宅氏も、日本文化と自然災害の切り離せない関係を強調した。

オプショナルツアーの報告について:

伝統芸能復興・保存応援ツアー

オプショナルツアー「被災地の社寺を訪ねる」国際シンポの翌日に催行
 神道国際学会は、岩手県大船渡市での国際シンポジウム「災害と郷土芸能」を終えた翌日の2月27日、オプショナル・バスツアー「被災地の社寺を訪ねる」を実施した。ケセンきらめき大学観光学部長で観光ガイドの新沼岳志さんが案内を担当した。
 早朝、宿泊の大船渡プラザホテルを出発した一行は、市内を一望する加茂神社を正式参拝。荒谷貴志宮司の父君である禰宜様から、大津波が襲来した際の様子、その後にとった行動などについて話を聞いた。
 続いて世界の椿展がオープンしたばかりの碁石椿館(大船渡市)を見学し、陸前高田市へ入った。
   まずは南三陸の名刹として名高い禅寺、普門寺(曹洞宗)を参詣。次に、津波に押し流された同市の中心地を訪れた。廃墟となった市役所の前には祭壇がおかれ、周りには赤いランドセルが積まれていた。参加者はその前に整列して黙祷。それぞれになくなられた方々の冥福を祈った。
   ついで、高田松原で唯一残った「奇跡の一本松」を遠望しながら、ガイドの新沼さんが語る当時の惨状に聞き入った。
   最後に〝気仙成田山〟金剛寺(真言宗智山派)を参拝した。高台にある同寺には一時避難した人も多かったという。
   さらに同寺の近くに鎮座していた今泉天満宮を拝した。流された社殿には結界が張られ、樹齢八百年といわれるご神木の「天神の大杉」のみが当時のままに立っていた。 

ガイドを務めてくれた 陸前高田市の新沼岳志さん

「市民感覚で大切なことを学んでほしい」
   国際シンポ「震災と郷土芸能」に参加した一行で実施した、被災地の社寺を訪ねるオプション・バスツアー。2月27日、早朝から同行し、大船渡、陸前高田の両市を懇切に案内してくれた。
   高台にある自宅の庭を植物でいっぱいにし、花の季節には「自然園」として開放する。市民団体「ケセンきらめき大学」観光学部の学部長として、またグリーンツーリズムの指導員として、当地の観光ガイドに意を注ぐ。
   昨年の「3.11大地震」で陸前高田、大船渡の置かれた環境は大きく変わった。市街地は津波に押し流され、そして多分、人々の心の持ちようも激変した。
「大震災で目が覚めたこと、不便によって学んだことがいっぱいある」と話す。「しょせん、人間が造るものなんて、たかが知れている。物資の豊かさと、心の豊かさとは、やはり違う」
だから今は、外から訪れた人にも、まずは被災の現場を見てもらい、色んなことを考えてもらいたいと思っている。「仕事に使命感を持ったり、ゆったりと花っこを眺めたり……。市民感覚で大切なことを学ぶことが、今後は必要だと思うんです」
町の復興についても、市民の声を反映してほしいと、切実に願う。
   「『右がいい』『いや左だ』。『防波堤は高いものを』『いや低いほうが』……。復興も簡単に進まないのが現実です」
   だが「そうした政治絡みではない、私たちの意識こそが世の中を変えることになるはず」との信念で、ガイドの仕事や活動は続いている。
「ある意味、毒にも薬にもなるような……。激しく議論したり、はっきり意見をぶつけたり。だから批判をいただくことも多いですよ」と苦笑する。
   「被災地の『瓦礫(がれき)』という。『瓦礫』はいかがか。流された人にとっては一つ一つが大切な思い出なんです」「『仮設住宅』というのもどうか。『仮設』なんてのより、もっと夢のある名前を考えてほしい」。見学地への移動中、参加者に、そう語りかける。
一方、名所について出題しては、「さっき説明したじゃない。今日のお客さんは人の言うこと聞いてない。これゃダメだわ」と呆れ顔を見せて、場を爆笑させる。
   バスツアーも終わりに近づいた頃、「人の心に花一輪。一輪挿せたかどうか分りませんが……」と挨拶し、同時に、「こんな〝新沼節〟でよければ、是非またご拝命を」と、そこはしっかり付け加えた。

日程・プログラム

日時:平成24年2月25日・26日
会場:大船渡リアスホール・大ホール(岩手県大船渡市盛町下館下18-1)

主催:ケセンきらめき大学/神道国際学会(国連NGO)
後援:大船渡市
特別ゲスト:明石康氏(元国連事務次長)

プログラム

第一部 ケセン鎮魂のための地域伝統芸能大会
25日(土)14時30分~18時(14時開場)
出演
大船渡市(赤澤芸能保存会:赤澤鎧剣舞-太刀踊り-、浦浜念仏剣舞保存会:浦浜念仏剣舞、間中組振興会:間中組虎舞-虎舞-、小通芸能保存会:小通鹿踊り他 -鉄砲踊り-他)
陸前高田市(生出神楽保存会:生出神楽-橋弁慶-、金成百姓踊り保存会:金成百姓踊り)
解説:小島良子(国立歴史民族博物館名誉教授)
司会:橋爪麗 (ケセンきらめき大学)

第二部 国際シンポジウム「災害と郷土芸能」
26日(日)10時30分~17時(10時開場)

総合司会:三宅善信(金光教泉尾協会総長) 
基調講演:

平山徹 「地域と郷土芸能」
ロナルド・モース 「地球的視野における自然災害」 “Natural Disasters in Global Perspective”
赤坂憲雄 「災害と宗教・文化」

パネルディスカッション:
小島美子  (国立歴史民族博物館名誉教授)
ロナルド・モース (元カリフォルニア大学教授・日本民俗学者)
平山徹 (大船渡郷土芸能協会副会長)
赤坂憲雄 (学習院大学教授・東日本大震災復興構想会議委員)
ムケンゲシャイ・マタタ (オリエンス宗教研究所所長)
薗田稔 (京都大学名誉教授・秩父神社宮司)

白い東北 国際シンポジウムに参加して 丁潔雲

   新幹線に乗り、東京から東北へ向かう。鉄道に沿って風景が次第に変わって行く。一ノ関で降りたとき、目の前に広がったのは真っ白な東北だった。三陸の湘南とも言われる気仙地域(大船渡市、陸前高田市、住田町)は太平洋側に位置するので、本来は雪が少ないが、今は、初春の季節にも関わらず、白い花びらが空を覆うように舞い落ちていた。3・11東日本大震災から間もなく一年になるが、地震と津波の甚大な被害を受けた気仙は自らの姿を以って、静かにその悲惨さを語っている。
2月25日、「ケセン鎮魂のための地域伝統芸能大会」はケセンきらめき大学と神道国際学会の主催で行われ、海外や日本全国からの参加者、そして地元の人々が参加した。大船渡市の赤澤鎧剣舞、浦浜念仏剣舞、門中組虎舞、小通鹿踊り、陸前高田市の生出神楽、金成百姓踊り、それに住田町の行山流外舘鹿踊りが、11カ月の赤子から88歳までの出演者により、続々と上演された。津波により装束と備品を流された出演者達はどんな思いで芸能大会に備え、出演していたのだろうか。大震災を経験した地元の人々はどんな思いで芸能大会を見ていたか。その真剣さと本気さで伝えられたものにより、皆はきっと激励され、勇気づけられただろう。
翌26日、『災害と郷土芸能』国際シンポジウムが開催され、元国連事務次長・明石康氏、神道国際学会会長・薗田稔氏、ケセンきらめき大学学長・田村満氏の挨拶の後、平山徹氏の『地域と郷土芸能』、ロナルド・モース氏の『地球的視野における自然災害』、赤坂憲雄氏の『災害と宗教・文化』の講演に参加者は耳を傾けた。
休憩後、パネルディスカッションが開かれ、パネラーは質問や意見に対し慎重且つ詳細な回答を述べた。留学生として、外に出て改めて母国の文化の特性を気づくという先生のおっしゃった言葉に共鳴を感じた。被災地では、地域の伝統・文化・絆を保つために欠くことのできないものとして、郷土芸能は土着の人々に求められていると思われる。
三日目の27日は、オプションでケセン地域をバスで回った。薄氷と積雪を踏んで階段を登り、高台にある故に多くの人命を救うことができた加茂神社を正式参拝し、宮司等から震災当時の話を聞いた。微笑みながら当時の状況を語っていたが、心の底にはどれほどの辛い思いを抱えているのだろう。入り江の沿岸から大船渡線までの町は津波でほぼ全滅したため、運転手さえどの道を走っているのかが分からなくなる場合もあるという。さびれた町の道路を走り、目に映ったのは建物の消えた白い平野、そして白い雪に覆われた瓦礫と仮設住宅だった。
そんな中で、暖かさを与えてくれたのは世界13カ国450種の椿が展示されている碁石椿館だった。今はちょうど大船渡の市花の椿の季節で、華やかに咲いているその姿が、被災地へ希望と勇気を届けようとしている。その後、普門寺、気仙成田山と今泉天満宮を見学し、ようやくその奇跡の一本松に会えた。名勝「高田松原」で津波に耐えて唯一残った松は、海水で根が腐り、維持することが極めて難しい状態となったが、復興のシンボルとして見守られ続けている。
今冷え込んでいる東北に春の歩幅を急いでほしい。白い仮装を脱ぎ、潮の香りを匂わし、気温の回復と共に、この大地よ蘇れ。

中国浙江工商大学日本言語文化学院修士課程
日本愛媛大学法文学部特別聴講生
丁 潔雲